ブラタモリの軌跡を追った網走への旅も最終日。シルクハット型をした「帽子岩」を見に行く。網走港発展のカギを握るという現場を見たいが、これはムリ。市の許可なしには近づけない。やむなく、道の駅から遠望する。
帰札の前に、網走駅の駅名看板を写真に撮る。今回、立ち寄らなかった網走監獄(既見学)と切り離すことができないからである。番組で「理想の監獄」と紹介された網走監獄。刑務所として、囚人が逃げづらいという条件を備えていることは確かに理想に違いない。だが、それだけではない筈だ。刑務所に必要とされるのは、受刑者を見守る地元の方々の広い心。ここ最果ての地にはそれがある。
網走に来るたびに、心新たに写す網走駅の駅名看板。全国でも珍しい縦型看板だ。縦型でなければならない理由が側面の桂版に書かれている。「この縦書き看板のように横道にそれることなく、真っすぐに生きて行って欲しい」と。
網走刑務所での刑期を終えて、この駅から故郷を目指し、網走を去っていく元受刑者に向けた網走市民の願いが込められたメッセージである。
刑務所の設置は、地元にとって決して好ましいものではなかったろうが、豊穣の海、緑あふれる自然と共に生きる網走の方々の広い心が時を経て醸成されたものであろうか。網走監獄には「鏡橋」という橋がある。川面を鏡にたとえ、「我が身を見つめ、襟を正す」という意味を込めて命名されたものだ。網走という地は、受刑者を受け入れ、育て、社会に送り出すという重要な使命を帯びた異色の町であり、他の町では決して代替できないと訪れるたびに思う。