1/24 読売新聞から。「地域全体で墓じまい」 新時代到来か?


終活フェアでの手元供養品展示写真
終活フェアでの手元供養品展示

1/24付けの読売新聞は「地域全体で墓じまい」とのタイトルで、“京都府に地域全体で墓じまいに取り組み、皆で一つの墓に入ることを決めた集落がある“ことを報じた。

高齢化が進み、跡継ぎのいない家が増えたことで、住民が協力して運営してきた共同墓地の維持管理が課題になってきたという背景がある。先を案じた住職が,それぞれが「墓じまい」をして「合葬墓で先祖をまつる」ことを提案し、実現したもの。今、「一つの墓」は、大勢の人が集う貴重な機会を提供、新たな交流の場を作り出しているという。



終活フェアでの手元供養品展示写真」
終活フェアでの手元供養品展示

時代が変われば人の考えも変わるのは当然のこと。

かねてより、お墓については「環境破壊ではないか」「次々にお墓を作っていけば、狭い日本は生きている人の住む土地が減ってしまうかも」と案じてきた私にとって斬新なニュースだった。

宗教学者の島田裕巳氏が解説を加えている。「供養の方法に決まりはなく、今生きている人が如何に心の整理をつけられるかが大切だ(同記事)」。



そもそも、墓地は買うのではなく、永代使用料を払い、墓地として使用する権利を買っているだけ。所有権はない。不要になったら、霊園経営者に返すしかない。その際は、ご先祖の遺骨を合葬墓などに移し、墓石を撤去、区画を更地にして返還し、永代使用権を返納することになる。管理料の長期不払いで霊園経営者から訴訟を起こされ、墓地返却に至った例もある。「永代」とは、お墓を継承する人がいるうちはという意味であり、「永久」を意味する言葉ではないのだ。如何に立派なお墓を創ったとしても三十三回忌、五十回忌を過ぎた後、継承者不在となれば合葬墓に移されることが多い。そうであれば、最初から合葬墓に納骨することは合理的かもしれない。


管理料の長期不払いで霊園経営者から訴訟を起こされ、墓地返却に至った例もある。「永代」とは、お墓を継承する人がいるうちはという意味であり、「永久」を意味する言葉ではないのだ。如何に立派なお墓を創ったとしても三十三回忌、五十回忌を過ぎた後、継承者不在となれば合葬墓に移されることが多い。そうであれば、最初から合葬墓に納骨することは合理的かもしれない。


遺骨が他の人の遺骨と混じり合ってしまうため、法要などの際、遺骨を取り出すことができないという欠点はあるが、合葬墓ならではのメリットは数々ある。

・費用が比較的安価

・寺院が責任を持って管理してくれる

・お彼岸法要など執り行ってくれる

・墓石代・管理費がかからない

・必要な費用を支払うのは最初のみ。その後は、毎年の管理費などを払う必要は一切なし。 

・墓石代もかからない等々。


分骨化が進んでいる時代だ。華やかでお洒落な手元供養用品もあり、遺骨の一部を手元に残し、その他は合葬するという様式がポピュラー化していくのではないか。供養新時代の到来を予感させるに十分な記事だった。