人類の行く手に立ちはだかるものは感染症か?


中国初の新型コロナウイルス肺炎の感染者が日を追って増える中、6年前に読んだ「感染症と文明」(山本太郎著)岩波新書が脳裏をかすめる。人類の前に立ちはだかるもの。それは感染症なのか。

「狩猟がうまく行き過ぎると、生態系のバランスは崩れる、牧畜がうまく行きすぎても牧草地は荒廃する。ある種の適応が、いかに短い繁栄とその後の長い困難をもたらすか。感染症と人類の関係についても、同じことが言えるのではないかと思う。(p.193)次のページでは、「感染症のない社会を作ろうとする努力は、努力すればするほど、破滅的な悲劇の幕開けを準備することになるのかもしれない」とし、195頁に至って、医師である著者は感染症との共生を提案する。「心地よいとは言えない妥協の産物として、模索されなくてはならないものなのかもしれない。そして、それは、21世紀を生きる私たちにとっての大きな挑戦ともなるのである」。(p.195)として、筆をおいているが、こう断ずるには、生態学的に、それ相応の論理がある。本の全てを引用するわけにはいかない。素人が概略するのは大それたこと。個々にお読みいただく以外にない。

 


1/29から着々と政府チャーター機で武漢市から邦人帰国が進む。その処遇を巡って、ケンケンガクガクと国会質問や情報番組で取り上げられる。2/1 新型コロナウイルスによる肺炎を感染症法上の「指定感染症」と検疫法上の「検疫感染症」とする政令が施行された。これで政府は、患者を強制的に入院させたり、外国人患者の入国を拒否することができるようになる。日本国内での感染拡大を防止するための対策が強化された。 


2/3。1/20に横浜港を出港した大型客船「ダイヤモンド・プリンセス(乗船者約3700人)」が、横浜港に帰港した。当初、10人感染と報道されたが、本日(2/7)の朝刊報道では20人(夕方になって41人増。計61人に)国内で集団感染が確認されたのは初めてのこと。乗船者の方々は下船できず、14日間の待機という。大変なストレスだろう。


だが、感染者の入国を防ぐ「水際対策」は何にもまして重要だ。先の「感染症と文明」には、こう書かれている。以下、引用。P.74 14行目から~P.75。

「明治時代半ば、神戸や横浜に開港検疫所が開設された。検疫所は、感染者や保菌者の停留室、浴室や化粧室、食堂、伝染病院、消毒施設、検査室、火葬場までを備え、100人以上の収容能力を有するものであった。検疫は、数度にわたりペスト患者の上陸を未然に防いだ。ここに若き日の野口英世がいた。明治32年6月、横浜開港検疫所の検疫医官補として働いていた野口は、入港した「亜米利加丸」の乗組員二人にペスト菌を発見し、ペストの国内侵入を防いだと伝えられている。野口はこの実績を買われ、当時ペストが蔓延していた清国牛荘(ニュウチャン)の国際予防委員会中央医院へ、政府医師団の一員として派遣された」。


余談だが、姪が2/3に中国(蘇州)から、夫を残し子ども2人を連れて帰国した。武漢とは500キロ離れた距離。熟慮の末、私費で帰国。飛行機料金も上昇しているとのこと。無事に出国できるかどうか心配していたが、上海空港は空いていて思ったよりラクだったとのこと。ひとまず2週間、実家で待機。その後、子どもの学校を考える由。

マスクは大丈夫か聞いたところ、中国はPM2.5も高い国。5年分購入して転勤したので、その一部を持ち帰ったから案ずることはないとの回答だった。彼女の母親はマスクが買えないと心配していたから、中国からの良いお土産になったことだろう。


追記:2/8 朝刊(読売新聞)「政府は、クルーズ船の感染者急増で「感染大国」のイメージが世界に広まることを懸念している。ダイヤモンドプリンセスの感染者を日本の感染者数に含めると7日現在で86人となり、国別では中国に次ぐ世界2位となる」